一乗谷朝倉氏遺跡〜その1
こんにちは、はたです。
今日は、福井市の市街地から10kmほど離れた場所にあり、
一乗谷の狭い谷間に縦長に広がっている、特別史跡である
「一乗谷朝倉遺跡(いちじょうだに あさくら いせき)」をご紹介します。
こちらは、戦国時代に活躍した朝倉氏の本拠地でした。
朝倉家は、兵庫県養父郡の豪族・欺波高経氏の家臣でしたが、
欺波氏とともに、越前国に入国しました。
文明3年(1471年)朝倉孝景の代に一乗谷に本拠地を移し、
その後は氏景・貞景・孝景・義景と、5代にわたって越前国を支配し、
天正元年(1573年)、織田信長に天下統一の戦いで敗れるまで、
103年もの間、この地で栄えました。
昭和42年(1967年)から、埋もれていた城下町跡の発掘調査が
はじめられ、その後、昭和46年(1971年)に、歴史上価値の高いものとして、
国の「特別史跡」に指定されました。
30年続けられている、発掘調査で160万点以上もの遺物が
出土しているとのことです。
館跡庭園については後日、今日は当時の町並みを復元した「復原町並み」をご紹介します。
調査によって、京都のように碁盤の目のように、整然とした町並みで
あったことが確認されています。
町の中心部はやはり、家臣の武家屋敷が集まっていたそうです。
他、寺院、職人や商人の町屋など当時の町並みが、
200mにわたり、再現されています。
この周りは今も高い建物がなく、山々に囲まれているので、
当時の雰囲気までも再現され、タイムスリップした感じでした。
門も当時のまま再現されています。
のれんをくぐると、髪の毛を結って着物を着た女性が、出迎えてくれそうな
不思議な感覚になりました。
建物だけでなく、”いろり”も再現されています。
染物屋さんの復原建物の中には、染色液をいれるつぼなども展示されていました。
また、この地で生活していた人々の様子が分かりやすいように、
人形を使って再現していました。
発掘によって、さまざまな食器や茶器をはじめ、将棋の駒も出土したそうです。
| 台所の復元 | 将棋をしている様子 |
庭園については、明日ご紹介します。